訪問看護師として死を追いかけた私が母になって知った眩しい光

日記

わたしが看護学校に行ったときにやりたいと思っていたことは在宅医療。

ニュースで流れる、お年寄りの「孤独死」を知ったことがきっかけだった。

その頃よく流れたニュースでは、何日も発見されず時間が経ってから自室で倒れたまま遺体で発見された
というケースが多く、そのお年寄りをひどく痛ましく感じた。


死に際、誰にも気づかれずに死んでしまうなんて、誰にも気付いてもらえないなんてかわいそう。
そんなかわいそうなおとしよりの力になりたい。
当時はそう思っていた。

若い頃は自分の正義が世の中の正義だと思っていたから
その死に方も、ひとによっては最高の幸せかもしれないなんて考えは、及びようがなかった。

看護師になっても在宅医療への興味は褪せることはなく、一度はその分野に足を踏み入れてみたいと思っていた。

しかし、私はミーハーで好奇心旺盛でふわふわと理想だけを妄想するような悪癖があったので実態は勉学や経験が伴わず、実際にやりたい!と飛び込んだ訪問看護では自分の実力のなさに、ずたずたのぼろぼろに派手に挫折しまっくた。

その話はおいて置いても、そんなこんな挫折や復活を遂げながら、最後は妊活のために異動したが、訪問看護は4年半の経験を経ることができた。

ない頭をしぼりながら、ない知識をしぼりながら、私が訪問看護を続けられたのは、他ならぬミーハーで好奇心旺盛で妄想がちなトリップした頭のせいでもあった。

認知症や多少のことでプンスカ怒るお年寄りとのやり取りも、私はなぜか機嫌のとりかたやいなし方を知っていた。
その反応がかわいいとさえ思っていた。
だから利用者さんとのかかわりで悩んだことはあまりなかった。

ただ、妄想がちでやりたい気持ちだけが先行する夢見がちな頭のせいで、知識が追いついていないのがいつも苦しかった。
寝ても覚めても病態の変化が恐ろしかった。
勉強してもなかなか身についていく実感がなかった。
すぐに経験したことのないことがおこる。

正常と異常さえわかればなんとかなる。
そういわれて育てられてきた。

異常にさえ気付ければ、仲間や医師が助けてくれる。
異常に気付く事が案外難しく、今となってはそれが本当に大切なことだったと振り返ることができる。

苦しかった。怖かった。

でもかけがえのない経験もあった。

自分の足で困っているひとのところへ駆けていく爽快感。
病院は来てくれるひとに施す医療。

在宅は病院にこれないひとに施す医療。

それだけに医療依存度や介護度も高いが、やりがいがある。

どうしようもなくゴミが山積みの家や、足が悪いのに2階で暮らしていて外に出られないみたいなひとも珍しくはなかった。

そんな家に訪問して、工夫したり指導したり安心して生活出来るように関わって行く事が私の看護師としての欲求を満たしていった。



もちろん在宅医療といえば、最後の看取りにも立ち会う。

看取りに立ち会えることは本当に誇らしかった。
その最後の大切な時間を家族と時間を共有しながら助けになれる。
自分に働きが家族や本人の支えになっている実感は大きかった。

しかし・・・。
その労力は想像している以上の緊張感がある。

責任がある。

死を迎える主役は本人である。
本人とともに死を見守る家族である。

看護師は主導を握ってはならない、いつも脇役でいなければならない。

先導してより良い選択肢を提示しつつ、本人や家族の望む死へ導いて行く。
安心して納得して最後を迎えられるようそっと手を添えるだけ。
そんなイメージだろうか。

その下ごしらえは、とてつもなく精神力を使った。

でもより良い死を迎え、ほっとした家族の顔を見るのは何よりの幸せだった。

でも私は生のすばらしさを知らなかった。

看護師として生きてきて死ぬことには対面してきたが、生のことは良く知らなかった。

その私が、子どもを産んだ。

これは思いもよらない感覚だった。

世の中にはこんなにすばらしい世界があったのかと。

子どもはキラキラしていて未来にまっすぐに進んでいく。
そこには希望しかない。

老人の肌のそれとは違って、こんなにぴちぴちなのにまだこれから細胞分裂してどんどん成長していく。
未来しかない。
未来しかない。
未来しかない。

そんな事実は私は知らなかった。

訪問看護は、年齢とともに出来る事が変わっていくと言われていた。
人生を経験した分、良い関わりができると先輩に言われたことがある。
だから奥深いと。

私は若いながら、それでも充分に自分だって気持ちを考えて寄り添えると思っていたし、やれると思っていた。

本当の意味で理解しなくても本当のなぐさめにはならなくても、机上では心情を理解し傾聴することの大切さは充分に学んだつもりでいたから。

しかし、どうだろう。
子どもを産んで、子どもを育ててみて、しんどさや大変さを知った。

子どもがいないときに普通に街行く子連れの夫婦を見て、これは想像できなかった。
これほどに経験しないとわからない世界があるとは思ったことがなかった。
それをいえば妊活もそうだった。
こんなに苦しい事だとは思わなかった。

そうして親になってみて、いざ訪問看護をまたやったらいいのに、と友人に進められたとき、今はとってもできないと思ったのだ。

生のすばらしさに当てられた。
とでもいうのか。

苦しんで死を見つめてきた分、今度はしばらく生をみつめていたい。

そんな気持ちになった。

でも、この間、看護師の派遣のバイトで施設往診の介助の仕事に行った。

看護師と医師と3人でスーツケースに医療用具を詰め込んで、車に乗って施設に行って
順番に部屋を回っていく。

仕事を終えたらまた車でぶぶんっと帰る。

この自分の足を使って患者さんのもとに行く感覚だけは懐かしく思い出した。
本当にこの感覚だけは好きだったんだなと思った。

在宅医療の大変さや面白さもすこし思い出して

またいつか訪問看護に戻る日がくるかもしれないと思った。

若いあの頃、死に際が一番大切だと思っていた。

でも今は思う。
死ぬ事自体に意味はないのではないだろうか。
今はよくわからない。

死を看取る家族が今後をより良く生きていくために、その死に様を整える意味はある。

今どう生きているか。
楽しいのか辛いのか。

辛いならどうしたら楽になるのか。

答えを知らない若い世代を
答えを知るすべを身につけていない子どもを

答えを知れるよう、答えをみつける手だてを身につける力をつける手助けをしたい

そう思うようになった。

妊活の最中、一旦どう生きていいのかわからなくなったわたしに
見事に生きる力を取り戻してくれた、生のすばらしさに出会ったこと。

看護師として死に向き合う事が多かった私が生のすばらしさを知ったこと

それが私のこれからの生きる目標になったことは間違いない。

何ができるかはまだこれからの話だけれども。

 

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